金重陶陽/備前酒呑(ぐい呑)002   KANESHIGE Toyo / Bizensakenomi (Guinomi) 002

径5.6cm×高5.4cm
外側と見込の口元に緑のカセゴマが降り注いだぐい呑みです。
赤い土味のぬけが見所となります。
山なりの口造り、鋭い高台造りは人間国宝・金重陶陽氏の高い技術がみられます。
おとなしい作品ですが、逸品です。


A splendid example of Kaneshige Toyo's outstanding firing skills, this cup displays a variety of kiln change (yohen) effects: A much sought-after green "kaze-goma" as well as red/orange "bottamochi", which highlight the softness and moist nature of the first grade "kannon" clay that is only found in the work of the Kaneshige family. The characteristic "mountainous" shape of the rim and the shoulders around the foot (kodai) display Kaneshige Toyo's exceptional potting skills. It is a small and gentle-shaped clay gem.

金重陶陽(1896〜1967)
1896年/岡山県備前市生まれ。父・金重慎三郎(号媒陽)、母竹能の元に長男として生まれる。金重家は備前六姓 のひとつ。
1910年/伊部尋常小学校高等科を卒業。父について作陶を始める。
1911年/食塩青の技法で煎茶器を造る。
1916年/耐火度の高い棚板を考案し、窯詰めの形式を改良をする。父媒陽死去。
1918年/彩色備前を作り始める。「陶陽」の号を用いる。
1919年/倉敷市酒津の西山窯にて1年間制作。
1921年/ドイツ式マッフル窯を作り、窯変の焼成に工夫を加える。
1922年/備前で始めて宝瓶を制作、伊部中に流行。
1927年/ドイツ式の窯と備前式の窯を折衷し窯を改良、木炭をくべて棧切の焼成に成功。
1928年/大日本博覧会に「彩色備前孔雀置物」出品。「備前飛獅子置物」「彩色備前鬼瓦に鳩置物」を天皇陛下に献上。
1932年/官休庵来訪し、手造りの茶器等制作。本格的に轆轤を挽いて茶器を制作。「土」の窯印を用いる。
1936年/川喜田半泥子が唐津行きの途中に来訪、これより交流が始まる。半泥子の千歳窯を訪れ作品制作。
1938年/大阪・梅田にて初個展開催。
1942年/川喜田半泥子、荒川豊蔵、十代休雪と「からひね会」結成。荒川豊蔵来訪制作。備前焼技術保存者に認定。
1949年/出口直日(大本教三代教主)来訪し茶碗・水指・徳利などに釘彫りの絵付けをする。藤原啓・山本陶秀・藤田龍峰・金重素山・浦上善次と備前窯芸会を結成。
1951年/フランス・イラク・イランで開催された、「現代日本陶芸展」に「備前緋襷輪花花器」を出品。
1952年/備前焼無形文化財記録保持者に認定される。朝日新聞社主催「第1回現代日本 陶展」に「備前台鉢」「備前三角花入」を出品。窯印を「ト」と改める。石黒宗麿・荒川豊蔵・加藤唐九郎・宇野三吾ら在野の有志と共に「日本工芸会」の設立を協議。
1954年/伊豆山「桃李郷」において、石黒宗麿・加藤土師萌・小山富士夫・荒川豊蔵・加藤唐九郎・小森小庵・黒田領治・佐藤進三・金重陶陽の九人で「桃李会」結成。岡山県無形文化財保持者に認定。
1956年/備前焼の重要無形文化財保持者に認定。シカゴ美術館主催「日本現代陶芸六人展(富本憲吉・石黒宗麿・加藤土師萌・荒川豊蔵・加藤唐九郎・金重陶陽)」に出品。
1959年/中国文化賞受賞。東京国立近代美術館開催の「現代日本陶芸展」に「備前水指」出品。
1964年/ハワイ大学夏期講師に招待。滞在中ホノルルにて「金重陶陽・道明二人展」開催。「現代国際陶芸展」に「備前壺」出品。
1966年/「人間国宝五人展」出品。紫綬褒章受章。
1967年/天皇皇后両陛下備前ご来訪の際、御前制作。勲四等旭日小綬章受章。没。
付属品 共箱
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